『神迎え』特装版に、水野竜生先生の原画を1冊につき1枚収めることが決まった時、
その原画をどういう形で収めるのがふさわしいのか、
私たちは立ち止まって考えることになりました。
「一冊ごとに異なる原画を宿す、世界に五十部だけの特装版をつくろう」
と意気込んだのは良かったのですが。

土台となる黒の紙の上に原画を貼ってしまうのは、明らかに違う。
絵の四隅を留めるのに、紙を使うのもどこかしっくりこない。
そこで・・・
デザイナーの谷さやさんが熟考の末にたどり着いたのが
「糸で留める」しかも、「和紙の糸」で、というものでした。
「えっ、和紙の糸?」と尋ねた私に、
「みつけちゃいました。しかも石州和紙で」
と、にこっと笑った谷さんの顔を私は今もよく覚えています。
そして、届いたのがこの茜色の美しい、和紙糸です。

この糸を紡いだのは、島根県石見地方在住の紙布織家・山内ゆうさんです。
https://shifuori.com/index.html
実は私自身、「紙布」の存在をこのときまで知りませんでした。
紙布とは、和紙を細く切り、糸として撚り、織り上げた布です。
そして、山内さんはなんと、この『神迎え』の基盤となる石州和紙、
しかも、西田和紙工房さんの和紙を使って、布を織り上げる作家さんだったのです。

(和紙を繊維の方向と垂直に屏風畳みにし、2.5㎜巾にカッターで切っていく)
さらに、このご縁をいただいた1年半ほどたった頃、
私は山内さんの工房を訪ねる機会を得ました。
そこで目にした光景は衝撃、とも言えるものでした。

(山内さんの糸は、清らかな光を抱いていました)
なにせ、和紙を定規を片手に細かく細かくカットすることから、
その作業は始まり、
石州和紙 1 枚から糸をつくるだけでまる 一日
たった一ミリを織り進めるのに 一時間もかかるというのです。

途方もない時間と手間をかけて織り上げる「紙布」。
江戸時代に絶えてしまったこの技法を、石見地方のひっそりとした山奥の工房で、
ただひとり、再現する日々を送っているのが山内ゆうさんだったのです。
ちなみに、石見地方は山間地が多く、
麻や綿などを大規模に栽培することが難しかったこともあり、
入手可能な和紙を用いて布を作る工夫がなされていたそうです。
雪深いこの地で、人々は生きるために和紙を使って布を織っていたのです。

(糸車でよりをかけ、糸を丈夫にする。回転が不足すると糸が弱くなり、過剰だと糸が固くて美しい風合いがでない)
タイパ、コスパ、とは真逆のモノづくり。
「確かに唯一無二の美しさだけれど、なぜ、こんなに大変なことを?」
と無粋な質問をなげかけると、
「うーん、なんででしょうね。こうすることが好きなんです」
との答えが返ってきました。
もしかしたら、これほどの「正解」はないのかもしれません。

そして、そのような日々を送っている人には、
神様が微笑むようです。
今や、世界の有名ブランドからもお声がかかるようになったそうです。

(造本家・新島龍彦の手によって、台紙に和紙糸を針で通していく)
古来より、茜は生命力を宿す色とされ、魔除けにも使われる「アカネ」で染めてくださった
美しい和紙の糸は、野趣と品格を併せ持ち、静かな強さを放っています。
そして、この糸を使って絵が収まった瞬間、
プロジェクトメンバーの誰もが、「これで、完成できる」
という確信を持てたのでした。

細部に宿るなにかが、みなさまに届きますように。