今、縄文時代にどのような言葉が話されていたのかという研究が進み、
近年、日本語の起源について少しずつわかってきたそうです。
もともと日本には縄文語があり、
そこに長江下流域からオーストロネシア語系言語の影響を受けて弥生語が形成。
さらにその後、大和時代にかけては朝鮮半島西部の言語の影響を受け、
飛鳥時代には漢語の影響を受けて古代日本語が形成されました。
さらに、中世日本語と呼ばれる段階を経て少しずつ改変。
江戸時代末期には欧米語が入ってきて近代日本語が完成した、というのが最新の説だそう。
日本は海に囲まれていることもあり、戦争により民族が言語とともに
滅ぼされるという経験をしたことがありません。
また、日本列島以外に日本と同系の言語は他になく、
縄文時代以前の古い要素が今も色濃く残っています。
オノマトペはまさにそうで、自然と共生していた当時の人々が、
命あるものや環境の音を「声」で表現する中で、豊かに発達したという説が有力です。
また、神道では人間の先祖を神と考えます。
そのため、古代以前の日本人は、古い日本語ほど高天原に通じる
「神の言葉」という感覚を持っていたそうです。
それゆえ、神事で奏上する祝詞(のりと)には、外来語を避け、
現在も古い日本語が使われています。
代表的な祝詞の一つである「大祓詞(おおはらえのことば)」は、
その原型が奈良時代以前に成立したと考えられ、
平安時代の『延喜式』に収められた古い詞章をもとに、今日まで受け継がれています。
言語は、民族とともに生き残るものであり、民族とともに滅びます。
世界を見ると、英語が公用語と言われる国々の中で、
どれほどの数の言語が消滅していったことでしょう。
日本語は実に美しい言語だと改めて思うようになりました。
それは年齢を重ねたゆえか、スマホの省略絵文字に慣れすぎて、
ちゃんとした日本語を使えなくなっていることを自覚する日々だからか。
とくに、大和ことばの美しさは格別だと思います。
「あけぼの」「たそがれ」「いとおしい」「つつしむ」
「たおやか」「とこしえ」「ひととき」「おくゆかしい」・・・
自然の移ろい、心の機微、人と人との結びつきを、
やわらかく余韻を残して伝わってきます。
Japan Craft Book projectが掲げる「掌に美しい日本を奏でる」
というコピーも、もしかしたら、日本人にしか伝わらないものかもしれません。
また、『神迎え』の中でご紹介した隠岐島前神楽歌の一節
「東を拝めば神が降りる。諸々の神も花のように美しく見える
南を拝めば神が降りる。諸々の神も花のように美しく見える・・・」
は、本当に美しいとしみじみ思います。

有史以前の古い言語が今も存続しているのは、世界で日本だけです。
美しい言葉を話す民族であることに、誇りを持ちたいと思うこの頃です。
Japan Craft Book プロジェクト
代表 稲垣麻由美