『名著複刻全集・近代文学館』をご存知でしょうか?
明治から昭和初期の名著といわれる本の初版本、全112点136冊を昭和43年から10年近い歳月をかけて完全複刻したものです。
戦時下に散逸、消失した書籍が多い中、初版本を蒐集すること自体も難を極めたそうですが、当時の研究者と選び抜かれた職人たちが集結して、紙、活字、挿絵、カットに至るまで完璧に再現。同じ紙がなければ特漉きしたという徹底したこだわりぶりで、文学の粋美を集めた伝説の豪華出版と言われています。
実は私はこの全集をある方から譲り受け所有しています。下の写真がその一部で、毎月、この中から1冊を選んで「文学と花」の講座なども開催しています。
https://m.otonami.jp/3zbMwbW
それにしても、日本人はこんなにも美しい本を作っていたのかと驚きます。
作者が趣向を凝らして画家に注文し、画家も精魂を傾け、装幀、口絵、活字の配置に至るまで心を配り、お金をかけてきた出版文化が永くあったのです。
ジャパンクラフトブックプロジェクトを立ち上げたきっかけが、インドのタラブックスの『夜の木』に出逢って、「こんな美しい本を日本でも作りたい」だったことは、これまでに何度かお伝えしてきましたが、灯台下暗しもいいところでした。
そして、この全集を譲り受けたのは、プロジェクトのメインコピーとなる「日本の美を掌に奏でる」という一文を思いついた数日後だったのですから、ご縁の不思議に驚きます。
例えば、上の写真は造本美の頂点といわれる谷崎潤一郎の「春琴抄」。
漆塗りの表紙に題字は金蒔文字。見返しの黄色い手揉み和紙とのコントラストも美しく、これは谷崎自らの創案によって実現したものですが、典雅な趣きに目を見張ります。
また、漱石の「こころ」も見事な自著自装本です。
橙色の地に石鼓文の模様の表紙は有名でご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか。岩波書店第一号となったものですが、箱・表紙・見返し、扉、奥付の模様、題字、朱印、検印まで全て漱石が考案して描いています。
(芥川龍之介『侏儒の言葉』(文藝春秋出版 昭和2年刊行) 装幀は小穴隆一)
また、尾崎紅葉の大ベストセラーとなった「金色夜叉」もぜひご紹介させてください。紅葉が装幀に組版に口絵にと意を凝らした美装本としても天下に流布したシリーズです。
・・・と、この複刻全集のことを紹介し出すと止まらないのですが、情報が氾濫する現代と比べ、文学作品の数も桁違いに少なく、出版社も著者も1冊の本にあらゆる工夫と情熱を傾けた時代があったのです。
贅沢で優雅な時代でもあり、文学者たちの理念や感受性が、本の姿にも表現されていたことがよくわかります。
ちなみに、日本に西洋式の製本術が輸入されたのは明治6年のことです。
当時、印刷局(現・財務省)の製本師として雇われたイギリス人のW・Fパターソンによってその技術が伝えられ、西洋式の製本形式が広く行われるようになったのは明治38年ごろといわれています。
文学と美術が一体となった時代の本は、手仕事の技術の粋が生んだ精華でもあるのです。
ジャパンクラフトブックプロジェクトでこれを再現したいのか?
いえ、そんな大それたことは思っておりません。
ただ、日本人ならではのこのDNAを引き継ぎつつ、共感してくださる方と1冊1冊、現代にあった方法で形にし、地道に発信していくことを続けていきたいと思っています。
そのためにも、応援してくださる企業との連携も模索中です。
「このプロジェクト、なんだか面白そうじゃないか」と思ってくださる企業・個人の方、ぜひご連絡ください。お待ちしております。
(写真協力 Otonami)
Japan Craft Book プロジェクト
代表 稲垣麻由美
ーつづくー