Japan Craft Book  project

vol.10 隠岐島前神楽

ミュージシャンの細野晴臣氏が、焼火神社で奉納される隠岐島前神楽の奏楽(音楽)についてこんな風に語っています。

「全部がシンコペーションしてロックみたい。鉦(かね)がハイハットに聞こえるし。大太鼓がキックで。オフビートだね。ドラムセットを叩いているみたいだ。(中略)かっこいいよ・・・」

(『別冊太陽』お神楽 )

私の中で「?」が飛び交いました。「ロックみたい?」「オフビート??」
私の知っている神楽といえば、白衣に緋色の袴の巫女さんが、鈴を手に鳴らし静々と舞う。そんなイメージでした。が、日本は広い。全国で神楽は数千種類もあるそうです。しかも調べるほどに多種多彩。
その中でも隠岐島前神楽は極だった個性を持つものだったということを、私は2022年7月23日に開催された焼火神社の例大祭に参加させていただき、知ったのです。

その年の3月、私が一人で焼火神社を訪ねたとき、松浦宮司から「今年はおそらく4年ぶりに例大祭を開催できると思います。そのときに神楽がありますよ」とお話しいただきました。
「はい、来ます。必ず参ります」と即答した私。焼火神社のことをもっと知りたい、この地にもっと触れなければ何も書けないと思っておりましたので、それは逃すことのできない貴重な機会でした。

そして、そのことを画家の水野竜生先生とデザイナーの谷さやさんに伝え、「行きましょう!」とお声かけし、3人揃って向かったのです。

夏の陽が落ち、空と海が同じ紺碧に染まる19時から祭典が神殿にて始まりました。それは実に厳かな雰囲気。宮司が神を迎える準備を進め、地域の長老が玉串奉奠(たまぐしほうてん)をします。その静謐なひとときは、闇が高天原と豊葦原のあわいにとけていくうように感じました。

20時半より社務所に設けられた斎場に皆が移動してお神楽が始まりました。最初は左手に榊、右手に扇を持った男性が面をつけずに一人で舞う「神途舞(かんどまい)」。その舞とワンセットの神楽歌には「幣の立っている、この場所も高天原(たかまがはら)であるので、集まりなさい四方の神々」などとあります。舞うことでその場を払い清め、共に神を招くのです。

その後、猿田彦大神が天孫を迎える演目あたりから、奏楽が少しずつ早拍子になり、4分の3拍子のリズムを刻んで場の空気がどんどん変わっていきます。
特に「随神(ずいしん)」という演目(番組)は、白面の善神と黒面の邪神が戦うという勧善懲悪もので、舞も激しく、内容の詳細がわからなくとも、邪神が退散される場面では、会場から拍手と笑いが自然と生まれます。
神聖な気持ちで臨んでいた私も、いつしかすっかり寛ぎながら楽しんでいました。細野さんが絶賛していた奏楽の力もあり、なんとも愉快な気分になっていくのです。

大太鼓、締太鼓、手平鉦で奏でるアップテンポな独特のリズム。今も耳に残る「ヤハー ヤハー ヤハハー」と繰り返されるお囃子にも包まれて、軽いトランス状態に入っていくという体験をしました。
日本の伝統音楽において4分の3拍子というのは非常に珍しく、隠岐島前神楽ならではの特徴だそうです。今回はコロナのこともあり、2時間ほどで終わりましたが、これが昔のように夜通し続いたらいったいどうなっていたのだろうと思います。

そして、最も感動したのは「舞い児(まいこ)」と呼ばれる巫女舞でした。その年に生まれた1歳未満のあかちゃんを抱いて舞うのです。新しい命が健やかに成長しますようにと願う舞は、神の威徳を得てより濃密な時空を生んでいました。

さて、「神楽」の語源は「神座(かみくら・かむくら)」が縮まったものです。神座とは神が依りつく場(岩、木、人など)や物 (幣、鈴、榊など)のことを指します。
ある本に「神楽とは、神々の集うオールナイトパーティー」と書かれていましたが、今なら少しわかる気がします。神座に神々を降ろし、人間と共に興じる場は、明るく楽しくあってこそ。なにせ、神楽の起源は、天岩戸開きで天宇受売命(アメノウズメ)が踊ったことなのですから。

隠岐島前神楽は現在、島前神楽保存会として島前各地の有志が集まってこの神楽を伝承されています。昭和40年ごろまでは保存会組織ではなく、5軒あった社家(シャケ)と呼ばれる神楽を生業とするいわばプロ集団のみで伝えられていたそうです。
ちなみに現在も1軒(石塚家)だけ残っているそうです。また保存会には若い女性も加わっていて、他所者ながら勝手に嬉しくなりました。その土地に連綿と受け継がれてきた舞。「伝承」という言葉の重みをありありと感じた一夜でもありました。

神楽の様子については、ぜひこちらの動画もご覧ください。
「焼火神社例大祭 2022」
https://youtu.be/ucvAJUbGGVQ
(島根県西ノ島町公式チャンネル)

そして、今、この神楽の様子を描いた水野先生の水墨画をもとに本作りをすすめています。タイトルは「神迎え」となる予定です。

Japan Craft Bookプロジェクト 
代表 稲垣麻由美

 

ーつづくー

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